2010年04月21日

コンセプト

メモ。

死の直前の5分前を綴る短編集。
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2010年01月05日

メモ:「無」ということ

『不確定性原理』は素粒子の世界の物理法則ですが、

この原理の上では、例え素粒子さえ存在しない空間であっても
非常に短い時間においては、エネルギーの値が不確かになって
エネルギー値は様々な値を取り得るようになり、結果として素
粒子が現れるとのことです。

こういった「性質」を持つ空間がどのように発生したのかが、
やはり気になりますね。

posted by 台北猫々 at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記メモ

2009年10月26日

幽霊トンネル

東京都と神奈川の県境あたりにある
とあるトンネルのこと。

そのトンネルがあるところでは、戦国時代に何度も戦が
繰り広げられた場所で、たくさんの人が死んだそうです。

このトンネルには噂がありまして、幽霊がでるというもの
でした。

ある時、学生4人組がそこに肝試しに行こうということに
なりました。

深夜、学生の一人が運転する車でそのトンネルに入って行った
のですが、トンネルの中ほどまで進むと急に車のエンジンが不
調になって、止まってしまったそうです。

そして、どこからともなく鐘の音が。。。

4人の内、後部座席に座っていた2人は怖くなって車を飛び出
してトンネルの外まで走って逃げました。その時、前の2人は
シートベルトをはずすのに手間取っているようでした。

外でタクシーが来たので助けを求めました。

そこで、初めて2人は、前の座席に座っていた2人を置き去り
にしてしまったことに気づきました。

2人はタクシーの運転手に事情を話して、乗せてもらい再び
トンネルの中に戻りました。

車はそのままの場所にありました。置き去りの2人もそのまま
いました。ただ、2人は正気を失っていて、髪は真っ白に
変わっていました。シートベルトもそのままでした。

正気を失った2人は精神病院に入ったそうです。



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2009年10月19日

鬼面

ある村の神社に鬼の面が4つ保管されていたそうです(3つ
は鬼、1つ鬼婆)。
言い伝えでは、それらは作り物ではなくて、退治した鬼の顔を
そぎ落としたものであると言われていました。

ある時、若者達がそれらの鬼面を盗み出しました。その内の一人
がふざけて鬼面を顔につけたそうです。

すると、不思議なことに鬼面がとれなくなってしまいました。
そして、しばらくすると若者は正気を失い、他の村人を殺して
回ったそうです。まるで鬼がついたように。。。

結局のところ、軍が出動することになって、その鬼面に憑かれた
若者は射殺されたそうです。ですが、死してなお鬼面はとれず
仕方無く、そのまま埋葬されたそうです。

くわばらくわばら。


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2009年07月22日

光と真空

宇宙空間で光って何を媒介として伝わるのだろうと
思いましたが、

光は波だけでなく粒子としての性質もあるから
伝わるのですね。

って、やっぱりよくわからないなぁ。。。
posted by 台北猫々 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記メモ

2007年12月15日

「宇宙の果て」考察2

量子の性質(=観測されることで状態が決定する)から、宇宙も夢と同様で、認識(観測)するほど広がっていくものと思っています。

または、「多解釈世界」的には、観測するほど宇宙が広がる世界に分岐していくと言う表現でしょうか?

ただ、この解釈は哲学ループというか主観論に陥ってしまうのですよね。元々の量子論がそのようなものだからしょうがないですが、真理に近づくにはさらに踏み込んでいかないといけないはずです。

なので、学者先生には考察1
のような回答ではなく、その先のことを話していないのが、自分は不満でした。

番組を見てなんとなく釈然としなかったのですが、文章にして整理すると、何が釈然としないのか分かりました。私のような素人でもたどり着けるようなことを、学者先生があたかも結論であるかのように話しているのが、おもしろくなかったようです。

もっと先を見ていてくれないと。猫
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2007年12月14日

「宇宙の果て」考察1

 この間、深夜テレビで「芸能界宇宙部」というのをやっているのを見ました。その中で、「宇宙の果て」がどうなっているかを芸能人に学者先生がレクチャーしていました。

(1)学者先生曰く「宇宙の果てというのは、各人の持つ知識・認識次第なので、"あなたの宇宙の果て"と"私の宇宙の果て"は異なります。」

(2)これに対して出演者の一人の山本モナさん曰く「それは、言葉遊びではないですか?宇宙の果てというのは、存在しているのですよね?それは、どういうものなのですか?」

(1)に戻る。以降、話は噛み合わないままループ。

※ニュアンスが異なるかもしれませんが、大体こんなところでした。

学者先生が言っているのは量子論から導かれる「人間原理」(「多解釈世界」もかな?)を核としていますよね。量子論は日常の感覚とは相当ギャップがあるので、山本モナさんの反応は至極自然です。また、学者先生も論理展開がちょっと強引かな?と思いました。

私的には山本モナさんに、こう聞いて欲しかった。
「それでは、人間が誰もいなくなったら宇宙の果ては存在しないのですか?」
と、もしくは、
「それでは、人間がいなくなったら地球は回らないのですか?」と。

その問いに対する学者先生の回答を聞きたかった。

というのも、以前にブログ上で「量子論に思うこと」を書きました。

これは、宇宙という「果て」をイメージできないものと似たようなものがあるかなと思った時に、気づいたのが「人が夜見る夢」がそうだと思ったのです。

「夢の果て」って想像できますか?「夢」は人が思うほど広がり、そして「夢の外側」というのは「有るけど無い」と言う表現がしっくりくるかなと思うのです。

・・・・長くなったので続きます。猫
posted by 台北猫々 at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記メモ

2007年10月21日

「質量保存の法則」と「質量とエネルギーの等価性」 その4

その2の続き

ところが、これはちぐはぐした考えになるのですね。物理と化学を合わせた考えでは、結合エネルギーも質量として扱うので、原子の質量は陽子・中性子・電子+結合エネルギーということになり、よって燃焼においても電子の結合エネルギーの減少分だけ、エネルギーを放出しているのなら、質量は減少しているとして扱うべきということになります。

ただ、核融合・分裂反応と比較して、化学反応では放出するエネルギーが小さい(つまり質量欠損がとても小さい)ので、化学反応では、質量の減少は無視してもいいというのが一般的なのだそうです。


追伸:
Webなどを調べていると、良く「厳密には燃焼によっても質量は減少している」と特に説明もなく書かれているのを見かけますが、これだけを見ると混乱してしまいそうです。「厳密には」ではなくて、「特殊相対性理論の質量とエネルギーの等価性を考慮すると」と言わなければいけないんじゃないのと思いました。
posted by 台北猫々 at 11:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記メモ

「質量保存の法則」と「質量とエネルギーの等価性」 その3

ちょっと一休みして、核融合反応について。

<水素の同位体>
水素(軽水素)・・・陽子1個、電子1個
重水素(D)・・・陽子1個、中性子1個、電子1個
三重水素(T)・・・陽子1個、中性子2個、電子1個

また、
ヘリウム・・・陽子2個、中性子2個、電子2個

核融合反応には(D)と(T)を使います。
(D)+(T)= ヘリウム + 中性子1個

反応前と反応後の質量を比較すると、
(D)+(T)> ヘリウム + 中性子1個
となります。

ヘリウムの陽子-中性子は非常に固く結ばれるため(位置エネルギーが深いため)、その分だけ軽くなります。原子核の重さがこのように陽子の中性子の重さの単純な和にならない現象を、質量欠損とよぶ(理科年表より)。

核融合反応によって放出されるエネルギーは、この「質量欠損」に起因します。

参考:
http://www.mext.go.jp/a_menu/shinkou/iter/001.htm
http://www.rikanenpyo.jp/kaisetsu/buka/buka_002.html
posted by 台北猫々 at 08:27| Comment(0) | TrackBack(1) | 雑記メモ

2007年10月20日

「質量保存の法則」と「質量とエネルギーの等価性」 その2

燃焼によって、放出しているエネルギーがどこからくるのかというと、電子のエネルギー準位の変化(電子が内側の殻に移動すること)による結合エネルギーの減少分だけ、エネルギーが放出されるのです。

私的には、原子の質量は陽子・中性子・電子をあわせたものであるという認識でした。なので、原子を原子たらしめている結合エネルギーを質量として捉えてはいませんでした。

つづきます猫
posted by 台北猫々 at 22:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記メモ

2007年10月19日

「質量保存の法則」と「質量とエネルギーの等価性」 その1

「燃焼(化学反応)によって物質は軽くなるのか、重くなるのか?」
ということについて、この間、考えて調べてみました。

もちろん酸素分子が結合するので、その分は重くなりますよね。ここで、問題するのは燃焼によって発せられる熱・光のエネルギーについてなのです。

特殊相対性理論の「質量とエネルギーの等価性」によれば、質量とエネルギーは相互に変換できるものであるとされます。ということは、燃焼によっても放出しているエネルギーの分だけ質量は軽くなるはずです。

私は、核分裂反応や核融合反応(元素種の変化による核子の結合エネルギーの差異が発生する反応)にように質量欠損によりエネルギーを放出するもについては「E=mc^2」、つまり「質量とエネルギーの等価性」が適用できるものと思っていました。

なので、燃焼のような化学反応については、質量欠損など起こらず、「質量保存の法則」が守られるものだと。

つづきます猫

posted by 台北猫々 at 23:38| Comment(0) | TrackBack(3) | 雑記メモ